4月30日に新日本プロレスとの契約を終えると噂されていたジュース・ロビンソン。
過去のインタビューでは、今プロレスに対するモチベーションが上がらないことを語っており、プロレス界からの引退すら示唆していました。
ジュース・ロビンソン:
戦いたいと思える相手が誰もいないんだ。プロレスをしたいっていう衝動が本当に湧いてこないんだよ。
日本へ戻る予定はないよ。 もう契約は終わりなんだ。3ヵ月延長したが、4月30日で終了する。
だから、もう新日本プロレス所属として試合をすることはないだろうね。
この先どうなるのか本当にわからない。しばらくはのんびりと過ごして、何が起こるか見てみたいと思っているよ。新日本のチームの一員であれたことを誇りに思うよ。
素晴らしい経験で、本当に本当に楽しかった。 新日本プロレスの仲間意識、兄弟愛、それは俺の人生の中で非常に特別なことであり、永遠に俺の人生の一部となるだろう。あそこで新日本と終われたことは本当に幸運なことだと思う。
そんなジュースが。
新日本プロレスへの感謝を語り、プロレス界から去るような言葉を紡いでいたあのジュースが…
5月1日のレスリングどんたくで、まさかのバレットクラブ入りを果たすというサプライズを果たしたのです!!
バレットクラブメンバーへと変貌を遂げたジュース・ロビンソンが今回、スポーツイラストレイテッドのインタビューに出演しました。
ジュースはインタビューの中で、新日本プロレスへの想い、バレットクラブに抱いていた憧れ、自身の新しい呼び名、ジェイ・ホワイトとの関係、この後行われるIWGP USへの意気込みを語りました。
ジュースの意気込みが少しでも伝われば幸い!
それでは、いってみましょー!
ジュース・ロビンソン「新日本プロレスが俺の居場所だ」
新日本に残るなら、自分のやり方を貫く必要があった
お前たちは本当のジュースを見ているんだ。
俺は新しい役を演じているわけじゃない。
そして、もし俺の真の姿を見て気に病む人間がいたとしても、俺はまったく気にしない。
新日本に残るなら、自分のやり方を貫く必要があったんだ。
今後お前たちは俺流のやり方を見たり聞いたりすることになるだろう。
俺は今、好き勝手やれるライセンスを持っていると言っていい。
(契約について)詳細は伏せておこう。ただ、俺は自分がいるべき場所にいる。
新日本以外の場所で働きたくはないね。
他の場所で働く可能性も、その覚悟もあったが、そうはしたくなかった。
“New Japan is where I belong” 新日本プロレスが俺の居場所だ。
“The Booster”ジュース・ロビンソン
モデルナやファイザーのことは忘れて、”The Booster”と名乗ろうと思っているんだ。
俺の存在はバレットクラブにとって大きなカンフル剤になるだろう。
海賊の一団のようなバレットクラブは俺にピッタリだ。
実は新日本プロレスに足を踏み入れた時からその一員になりたかったんだよ。
長い時間をかけてようやく実現したが、刺激的なものにしたいね。
今まで見たことのないものを見せるために、俺はバレットクラブにいる
トニー・ストームは俺の人生を変えてくれた。
彼女は俺の人生のすべてだ。彼女のおかげで、自分が何者なのかがわかるようになったんだ。
俺のキャリアの中で、何が問題になっているかわかっているんだ。
バレットクラブは象徴的な存在だ。ただ、バレットクラブが今までやってきた大ヒット曲を再び演じるつもりはない。それらはすでに演奏されたものだからな。
見たことのないものを作るために、今俺はここにいるんだ。
ジェイ・ホワイトとの関係について
俺とジェイがやっていることは本物であるときに最もうまくいく。
新日本の道場にいたときから俺とジェイの間には関係があったんだ。
ジェイはバレットクラブのリーダーでいい。俺はそれでいいんだ。
ただ、マイケル・ジョーダンがスコッティ・ピッペンのアシスト抜きで6つのタイトルを獲得することはできなかったことを忘れないでくれ。
バレットクラブは俺が加入したことによってとてつもなく話題になった。だから俺がNo.2になるんだ。おれがピッペンになる。ジョーダンとビッペンは伝説のワン・ツー・パンチだったんだ。
俺とジェイがタッグを組んだらどうなるかを考えてみてくれ。
グッド・ブラザーズとの8人タッグにも期待してる。バレットクラブはもっともっと良くなるだろう。
コッティ・ピッペン
スコッティ・モーリス・ピッペン・シニア(Scotty Maurice Pippen Sr.[2][3], 1965年9月25日 – )はアメリカ合衆国・アーカンソー州ハンブルク出身の元プロバスケットボール選手。1990年代に6度優勝したシカゴ・ブルズの中心選手であり、1990年代にNBAを世界中に普及を貢献した1人である[4]。1980年代後半から、2000年代前半にかけて活躍していた。
攻守にわたりバランスの取れたオールラウンダーであり、史上最高のスモールフォワードの1人と考えられており、1996年のNBA50周年を記念したNBA50周年記念オールタイムチームに選出され、ブルズ時代に着用していた背番号33は永久欠番となっている。
Wikipedia
IWGP USヘビー級王座3連覇への想い
IWGP USヘビー級王座戦の4WAYマッチに勝つことについてはとにかく自信がある。
俺は2度のIWGP USヘビー級王者だ。
つまらないベルトとは訳が違う。モクスリーが、ケニー・オメガが、コーディ・ローデスが、ジェイ・ホワイトが持っていたベルトだ。
少なくとも今は、棚橋がそのベルトを持っている。
俺は3連覇を狙うぞ。
バレットクラブは全く新しい方向に向かっている
お前らの知っているジュースはバレットクラブにはいない。
俺たちが用意するものに、人々を大いに驚くことだろう。
これ以上は言えないが、バレットクラブは全く新しい方向に向かっているぜ。
新しい姿に変貌を遂げたジュース・ロビンソン。
言葉の節々に吹っ切れたと思われる言葉が見えましたが、プロレスに対する情熱や新日本プロレスへの想いというジュースの本質部分については一切変わっていないように思いました。
“The Booster”に生まれ変わったジュース・ロビンソン。
今後の活躍に期待です!!